■ 七面山での記録
記録
月に一度参ることを「月参り」と言います。
こういう言葉があるように、多数回登られる方が多いこの山にあっては、
多いとは言えない記録ですが、一応メモよりの抜粋
=山歩記より=
七面山62
ここで上らせて頂かないと、ちょっと機会を逸しそう、と出発
あれこれやっている間に出発が遅れ、10時歩き始め。
30丁付近で内ももの筋肉痛→つり状態
リタイアも念頭に置きながら、休み休みで何とか上った。
帰りはより慎重に横向き歩き状態で下山、計8時間の長旅となった。
36丁で足を伸ばしながら思案していると、
そこに居合わせた、先ほど少し言葉を交わした方から
「クラシエ 漢方芍薬甘草湯」を分けて頂いた。
心理効果もあったと思うが、速効的に、その後に再発が無く、
ご厚意に手を合わせる思いだった。
日常の準備不足・トレーニング不足を大きく反省
今回は「登山」の方とおぼしき方を多く見かけた。
同時にお寺単位の団参とのことだが、ほとんど登山装束の団体さんも見かけた。
山の容貌が変わっていくかもしれないと思った登詣だった。
修行の方とすれ違い少し話したら、初めてお会いした方では無かった。
毎月登っても足が痛みますよ、とのこと。
尊い思い、こころざし。
黒リック、EOS
23/05/11
七面山61
色々と報告やお礼の登詣
新緑が気持ちよかったが、なんか登りはじめが特に重かった
13丁のトイレが水洗化されていた。
伺うと、山梨県と早川町、身延山久遠寺で今年は13丁、来年は23丁と
計画的に整備を進めている、とのことだった。
汚くても良い、ではこの時代の方は呼び込めない、という事実に向き合い、
この山を残そうという真剣な取り組みだと感じた。
使用料の100円は安価だし。
ただ、このきれいな新設トイレを、きれいに維持するのも大変なことだと思う。
ぜひ、そちらにも予算を確保して差し上げて欲しい。
前回に引き続き、団体さんが復活していた
マスコミ報道はコロナ禍解禁、もう危険は無い印象を与えているが、
ほんと?大丈夫?の思いもある。
号令一発で解除できるなら、政策的なやりやまいだった?
つづら折れ題目を浴び登新緑
コロナの喪開けて集へり五月晴
紫ザック、EOS
23/05/05
七面山60
退職を記念して登詣 4月の登詣から続いて顛末とお礼を自分なりにご報告。
これまで秋の七面山にはなかなか登れなかったがやっと叶った。
黄葉は下まで降りてきていて、そこに素晴らしい陽が当たり、
山に出迎えていただいた心地でスタートできた。
上では大勢の団体さんがおられた。高齢な方の多い団体さんだった。
山の疲弊も感じつつ、帰路、無理に開けてくれた13丁での楽しいお話しには感謝。
人のご縁も感じた。少しはお役に立ちたい・・・かな。
思ったより時間が掛かり、7時間、下山13丁から下は懐中電灯使用、
中部横断自動車道は楽だが、帰りに路肩や路地に入ってちょっと休憩ができない。
紫ザック、EOS
22/11/17
七面山59
コロナ渦にあっても、WITHコロナとやらが
明確に感染者数は高止まりのまま蔓延防止解除の昨今
もう、見られないかとも思っていた団体参詣の皆様とも挨拶を交わせた。
13丁は入ってくれる方が決まったようで、新しい風を感じた。
往復のルートは中部横断自動車道。
思うことも有り、お礼をお伝えもあり。
真面目に歩いて、6.5時間。。。そんなレベル
紫ザック、EOS
22/4/30
七面山58
新型コロナウイルスの年、親族の集まりも中止とし、七面山登詣
大晦日から元旦への七面山は、おそらく最初で最後と思われる。
夕食時の年越し蕎麦、朝のお雑煮、心づくしを多々頂いた。
餅つきは中止にしたとのこと。消灯無しの年越し。
11時45分に除夜の鐘開始、鐘を終わって翌朝4時起床、徹夜ようなもの
大祭に引き続き晴れの日の七面山を感じた。
法要後の加持もいただいたが、
こちらも大祭に続いて、お経を背に頂くことはなく、
お上人方はマスクをつけての加持祈祷
コロナ下の新年だった
「国防の任に就かれている」の方が、軒下で野宿するつもり、、
とおっしゃっていたので、
了承を得て番の方に相談・紹介、泊まれるよう手配いただいた。
確かに一般人の耐久とは比較にならないにしても、
荒風の無い敬慎院横でもマイナス10度を下回り小雪ぱらつき、、、、
さすがに無理はいけないでしょう・・・日本の防衛力が下がる・・・
23丁では水が涸れていた。水を汲んでお届けのご協力。
2リットルボトル1本でも人数で稼げばそれなりの量にはなるでしょう、的、
協力を呼びかけ、賛同を得た協力者多数。
やっとのこと、登詣回数が年齢に追いついた。
緑ザック、EOS2台
20/12/31-21/01/01
七面山57
新型コロナウイルス禍下、大祭を開催いただき感謝
何年ぶりの大祭か、宿泊自体も久しぶりで色々と新鮮
読誦会ということで、一の池に向かって2・16・21の読誦にご祈祷
池の水が両面から波立ち合わさっていく姿が印象的だった。
ご開帳・夕食・大祭法要
部屋に4人、長布団2枚で泊まり、かなりのソーシャルディスタンス
大祭にこのようにゆったりと泊まらせていただけたのは望外の喜び
法要は50人が堂内へ、残りは外で、だったが、雨
せっかくご用意いただいたろうそくの火も消えてしまい、残念だった
法要後加持、2組に分けて堂内へ
お経を背に頂くことはなく、お上人方はマスクをつけての加持祈祷
コロナ下の大祭だった
また、夜通し堂内は明かりをつけて下さり、いつまでいてもいて良い、
と言うご配慮をいただいた
鎌倉出版の「七面山」の本が一部リニューアルで、思わず買ってしまった。
人々の記述は大幅変更 似たような本が2冊あることになる
下り坂でやはり足が痛む!登りは4.5時間もかかってしまった・・・
赤ザック、EOS2台
20/09/18-19
七面山56
新型コロナウイルスの年
自粛解除の次の日に一度2丁まで歩いたが、
山を荒らしても仕方ないと思い、一度引き返し、
敬慎院さんに電話で登詣の状況を伺い、翌週再トライした。
盛大に掲示されていたコロナ関連の掲示物は1週でだいぶ減っていた。
本当に、世の中の平穏と病魔退散を心から祈る
倒木、電柱の倒壊は復旧されつつあったが、道は臨時のままだった(41~42丁目)
山の護持の大変さを改めて思う。
13丁・23丁共に無人状態
水を引くホースに水道が取り付けられていた。心遣いに感謝。
伊東の方で非常に詳しい方と帰りに同行、
体力もすごい方で自分はいつまで歩けるかと不安になった
ミニ黒ザック、EOS
20/05/28
七面山55
雨続きでお茶の生育遅い寒い初夏
昨年の厳しい台風を思い出した。
倒木、電柱の倒壊、参道の通行禁止区間(41~42丁目)
山の護持の大変さを改めて思う。
13丁は臨時でお休みせざるを得ない状況と言うこと
13丁に続き、23丁も水が涸れたと言うこと
何もできない自分を改めて知る
ミニ黒ザック、EOS
19/05/05
七面山54
新緑・初夏の気持ち良い山歩き、登詣者は少なかった。
当ホームページも検索に引っかからなくなってきたし、
このような個人ホームページを続けるのも悩ましい。
自分もこんなローペース&日帰りでは何を言わんか、、、的。
巨木の倒木に手を加えた後があり、山の厳しさを感じるばかり。
下山中に、20丁付近で26丁の方が上っておりお会いした。
「寄ってくれる、顔見知りの方も減りました」
ご自身が「学生だったときが全盛だったようです」とはお嘆きだった。
ウエストバッグ、EOS
18/04/28
七面山53
1月4日はもう歩く人もいない静かな山。
和光門上の坂で鹿のつがいと出会った。
逃げる気もなさそうで悠々と。
逃げてくれないのも困った物、と前を通り過ぎるのを待った。
13丁は朝から人はいても休業、23丁は人がいなく、
36丁は人がいらっしゃって静か。
いらっしゃるのが普通と思っては行けないのかも知れない。寂しい冬になる。
黒ザック、EOS
17/01/04
七面山52
前回登詣時は何を思っていたか、今は何を、と思いつつ歩いた。
まわりが変わって1年半の時。自分は何も変われていないが、
お礼だけは申し上げたい。
比較的軽快に歩けた・・・と思っていたが、
下山、最後の1丁のところで駆け足の方が自分を抜いていった。
そのまま、駐車場で帰り支度をして、自転車に乗る準備をしておられる。
聞けば、甲府まで下山後のその足で自転車で帰られるとのこと。
思わず
「52号まで自転車ごと載っけて行きましょうか?
結構距離ありますよね・・」と声をかけた。
お答え・・・「山岳トレールの参加者でトレーニングの一環」とのこと。
山岳トレールは七面山でも行われているのは知っていたが・・・
ちょっと聞かせていただいたには、、、、
身延の階段の下から、身延山奥の院まで駆け上がり、そこから赤沢まで下り、
七面山敬慎院まで表参道を上り、北参道を駆け下り、また、赤沢から奥の院を経由して
身延山久遠寺まで下るとのこと・・・
「早い方は3時間だそうで・・・」と相づちしたら、「自分は7時間もかかりますよ」
とおっしゃっていた。
自分の場合、敬慎院まで表を登って北参道下っただけでそのくらいかかるか?
それに身延上下が加わるとなると、とてつもないスピードだと思う。
「どうぞ、自転車でお帰り下さい・・・」とは伝えました。
どうも、カメラが故障・・・困ったもの。せっかくの勇姿を撮れなかった。
黒ザック、EOS&コンデジ
16/08/16
七面山51
足を痛め1年以上のブランク。お久しぶり・・
今回は登りは3時間半かからず自分的ペースとしてはまぁまぁよかったけれど、
下りに色々な方から話を伺えたりもあり4時間ちかくかけた。
下山は特におっかなびっくり状態。
ご高齢な方が一歩ずつ踏みしめて下る気持ちの一部でもわかったか・・
ウエストバック EOS
15/08/11
七面山50
50回お礼参詣。
まだまだ回数としても少ないが、お礼&記念として
夕勤のあと、七面様の奥の釈迦像と仏舎利、
その横の部屋にお万の方縁の宝物や山の古いお宝などが安置してあり、
そこを初めて拝した。
人は少なく静かだったが、雪の中、良い山をいただいた。
緑ザック、EOS&コンデジ
14/01/03-04 敬慎院泊
七面山49
夏休みを利用して。
山は静かで登詣の方も夏休みとしては少ない印象。
二の池では深い緑色。
波もなく、とろーり!という感じだった中に、
静かな風が吹き、陽が刺し、さざ波が起こり、
きらきらとすてきな光を拝することができた。
ウエストバック EOSデジ
13/08/13
七面山48
寒い七面山だった。
人も少なかった。明日からは増えると思うが。
下山時、無縁さんにてほうきで清める若い女性とお会いした。
慣れたご様子。
2年山務員を勤められたことがあり、今日は明日からの応援とのこと。
このように心を込めて山を大切にしていただけることをありがたく思った。
金髪のアイドルタレントかモデルさんのような方だった。
この方と町でお会いしていたら、まぁ、お話しすることはなかったと思う。
「このおじさん・・なに??」と言われても仕方ない(^^;
ミニザック EOSデジ
13/05/02
七面山47
かごで登られるおばあさまとお付きのお孫さん達とお会いした。
お祈りの会の指導者をしておられるとのことで、
山に登るためにかごを依頼されたとのこと。
山への思いを感じる。
新東名ができて52号線沿いにインターができた。
利用してみたがかえって遠回りらしい。車路、2時間以上かかってしまった。
今回は特に足が悲鳴を上げている。
ウエストバック EOSデジ
12/05/05
七面山46
体全体が重く、足も故障の余波でどうも不調気味、急ぎの日帰り
その前日、大震災の後の3月15日の地震の富士山の震源地付近に所用で行った。
地がおさまってくれるよう、祈るのみ。
若いファミリーや子供も交えた団参など、数は少ないがバラエティー豊か。
100日の連続登山の方がいらっしゃるとのこと。頭が下がります。
紫ザック EOSデジ
11/08/17
七面山45
寒い五月の山だった。
震災に向けての「国祷会」が13:00より執り行われる。
東日本大震災は3月11日、原発の爆発も、市内震源の震度6強の地震も、、、
今まさに現実。
立正安国・・・かなうのだろうか。どうかなえるのだろうか。
角瀬のお店の方から伺うと、キャンセルもかなりあるよう。
出がけの未明、市内震源の震度3の地震があったとか。
ひと揺れに気持ちにも亀裂が入っていくよう。
そういえば、この前に日蓮宗のある僧侶様とお話しした。
「祈りは後でもいいかもしれない。連休後は一般の方のボランティアは減らざるを得ない。」
「そんなときに時間の自由になる坊主がボランティアをしたい。」
頭が下がった。
ウエストバック EOSデジ
11/05/05
七面山44
5時間、登り3下り2アイゼンを37丁で付けたので
自分としては良いペースだと思う。
20丁から雪(少ない)
マイナス8℃くらい
13丁にリスがいた。
紫ザック EOSデジ
11/01/04
七面山43.5
娘とハイキング・・・途中リタイア。 ま、仕方ないか・・・
ウエストバック EOSデジ
10/11
七面山43
和光門をすぎたあたりで、鹿の一群をみた。すごいもの。
お寺では困っているそうな。
カメラを構えている時間は全くなし。
それと、一の池の藻がたまったそうでお上人方が掃除をしていた。
ざぶざぶとやっていて楽しそう・・・、いえ、ありがたいことです。
新しい石塔も色が変わり始めていて、自然劣化が始まっていると思うと、
厳しい物と思う。
敬慎院前にぞらっとならんだ旧石塔、良いですね。
もう一度、一丁毎の足取りを思い起こす。
ウエストバック EOSデジ
10/08/17
七面山42
行きたい思い多々で日帰りをした。
下の駐車場に9:40着、出発、下山車着15:20着・・・。
軽装だがそれでも重さはそれなりの荷、
自分としてはオーバーペース
昨年の工事の土嚢はすべてきれいに片づけられていた。
今回はお子さま連れや家族での登山、グループ登山を多く見た。
最近減ったと思っていたのでうれしかった。
また、近所の息子の友達の同級生、お二人に出会い。
若やいだ5月の風そのもののような七面山だった。
ウエストバック EOSデジのみ
10/05/03
七面山41
前回の日付が、05年4月末・・・なんと4年ぶりの七面山。
時間が経っていた。
いろいろあったけ・・・いろいろな思いで登ってきた。
重くなりなりがちな歩き
カメラを複数台持っていたのに2台までが電池切れしたり勘も鈍り。
今回はルートが表ー表と負担を軽くし、敬慎院のみ。
荷物もいつもよりは軽くしたのに。
途中の丁の石灯籠の更新が終わり、今までの灯籠が上に集められていた。
13丁の休憩所が新しくなっていた。
敬慎院では、女性1人、男性2人のパーティー、
とにかく目立つお三方。外人さん1人・・・がいらっしゃた。
3人ともはじめてで、ホームステイしている外人さんに
「日本」を見せるのが目的で、そのひとつとしてある方から勧められたのが七面山だったそう。
会話の英語が聞こえる七面山、不思議な七面山だった。
「何度も聞こえる「南無妙法蓮華経」これはどんな意味?」の問い・・・
自分なりに英語にでっち上げて言ってはみたが、なんのことやら。
緑ザック 表ー表 EOS5 CANONデジカメ コンデジ
09/05/12-13
七面山40
正月には足が痛んであきらめた七面山、
今年初めて、ということで次男坊と2人、歩いた。
普段、隠れて遊んだり、体を動かす彼としては
おおっぴらに楽しく動けるようで、ご機嫌の登山。
ルートは北参道から北参道、参籠も奥の院、という
これまでとしては初めての経験だった。
奥之院、副別当様のご法話には感じるところ大きく、
泊まらせて頂いて良かった。
また、頂戴した宿泊の質にも感動した。
子供さん達10人くらい一緒のご一行もいらっしゃったが、
皆さん、お経の中で背筋正しく育っているご様子。
すごい物です。
それにひきかえ・・・(^^ゞ
それと、写真の勘が滅茶苦茶落ちている。
ここのところ富士山との出会いも不調。
ご来光をいただけただけでも良しとするか・・・
緑ザック 表ー表 EOS5 CANONデジカメ
05/04/29-30
七面山39
従兄弟ファミリーと友人と自分と長男の登山。
我がファミリーはあまりにもいろいろあって2人になってしまった。
別当様が変わられたが、加持は受け継いでいただいた。
また、唱題行をはじめられ、
自分としてははじめての参加。
あんなに長くお唱えしたのも暗い中での唱題、というのも初めて。
奥之院様HPとリンク頂いた記念にご挨拶。
来年は全員で登りたい物。
緑ザック 表ー表 EOS5 CANONデジカメ
04/01/03-04
七面山38
1/3ー4と新年の登山。
今年は、ぽかぽかと暖かい中、
セーターまで脱いであるくような登山。
今回は敬慎院内で富士山の様子が見られるモニターカメラが
設置されていたり、暖房設備の充実が進んでいたり、
来る時代に備えて、時代に迎合せず、といえど、人を引きつける物を
いろいろと考えているご様子を感じた。
で、朝の日の出・・・写真としてはNG。
それと、、、ちょっと前にTVで放映していたロンドンブーツが
北海道の熊のぬいぐるみを買って、
色をピンクに塗りかえ、くわえた鮭を小判に換えたものを
50体七面山に運び上げて、ごりやくを、と言う番組ですが、
(前述しています・・・)
23・36丁の各位が買われたシーンが出てきます。
「やらせ」かと思い、真相をうかがったら、
あんな芸人さんたちはどうでもいいの!
あれはご祈祷を受けた物だから、自分から求めたのですよ・・・
ということでした。
熱い思いをお教え頂きました。
緑ザック 表ー表 EOS5 CANONデジカメ
04/01/03-04
七面山37
ことしも大騒ぎのファミリー登山。楽しく登山した。
従兄弟のS家族と同行。
朋美にあわせたペースはあいかわらず遅い。
昨年7時間、今年6.5時間。今年は5時間。朋美とKが遅れる。
木の実を拾って遊んでいたそうな。
朋美(4.7ヶ月 5回目)は100丁の内、登り50丁 下り47丁を歩いた
やかましい一行だったが、同室の方のご親切等々、ありがたくいただいた。
緑ザック 表ー表 EOS5 CANONデジカメ
03/08/11-12
七面山36
初めてご神木に出会えた。生きる姿に感動。
神力坊でシベリアンハスキーが寝ている。聞けば23丁の犬で、帰らずに困っている
らしい。気の優しい犬で、同行と相成った。
その辺の石にはおしっこをしつつ、灯籠にはしないあたりはさすがかと思った(笑)
下山時、36丁では荷下ろしをしていたので少しお持ちし下った。大変な作業に頭
が下がる
緑ザック 表ー表 EOS5 CANONデジカメ
03/05/1-2
七面山35
開宗750の年の大祭。
昨年同様「たくさん人のいる」七面山を見たような気がした。
昨年もお会いしたが、今年は更にがんばって登られる老僧とお会いした。
いざっても山を目指して歩かれる姿に頭が下がった。
Kさん・Mさんコンビ等々とも今年もお会いした
帰りには身延山 御廟所に寄った。
緑ザック EOS5 デジカメ
写真は今一歩? 02/09/18-19
七面山34
恒例のファミリー登山。友紀と直也がむくれなくなった。
朋美にあわせたペースはあいかわらず遅い。
昨年7時間、今年6.5時間。相変わらず抜かれに抜かれた。
朋美(3.7ヶ月 4回目)は100丁の内、登り47丁 下り33丁を歩いた
・・七面山は何となく雑然としていた。
緑ザック 表ー表 EOS5 CANONデジカメ
02/08/22-23
七面山33
北参道登山
穏やかな春の山歩き
のぼりくち、小学校の授業と出会う。花の寺、山ふところの小学校、
学窓の声が花に降り注ぐ
良い物。良い雰囲気の教室。
無人と思っていた上の坊を守って下さる方がいた。
頭が下がる。
全体的には花曇りの中、帰り口に富士山の姿を拝した。
緑ザック 裏ー裏 EOS5 645 デジカメ
02/05/2-3
七面山32
・Eさんとの冬山登山
暖かだったが、積雪はこれまで経験したなかで、
一番多かったと思う。
朝、雪に降られてしまい、めずらしく朝勤にでた。
良いものと思った。
これまでで一番の軽装(カメラの機材が)で登ったが
このくらいだと歩くのが楽。情けないが。
下山後、路面にも少し雪があった。隣に車を泊めていた方から
雪道なので「だらに」を唱えて、とアドバイスをいただいた
唱えられないが、ありがたくお気持ちをいただいた。
緑ザック EOS5 デジカメ 02/02/2-3
七面山31
・恒例の初詣
穏やかな山だったが例年よりも雪が多かった。
怪我をされた方が多くいらっしゃり「冬の山」を改めて感じた。
何もできなかったが、大過ないことを祈るのみ。
どうも、体力の衰えを感じた日だった。気合いが足りないか?
緑ザック 表ー表 EOS5 645 デジカメ
02/01/3-4
七面山30
・30回記念登山でもあり、大祭をめざして登った。
久々に「たくさん人のいる」七面山を見たような気がした。
・途中で同行いただいた方など、楽しく登った。
今回は不思議の物語をたくさん聞いた。
写真は今一歩?
01/09/18-19 表ー表 赤沢散策
七面山大祭風景
七面山29
・恒例のファミリー登山。いよいよ荷物を背負うと長男に簡単に抜かれる。
長女が歩いてくれれば歩かせるペース、遅い。片道7時間!
抜かれに抜かれた。
長男(8歳 6回目)と次男(6歳 7回目)長女(2.7ヶ月 3回目)
登っている間、長女が2回目と思いつつどうも記憶と符合しない。
帰って見たら3回目だった。
・今年は小さなお子さん連れのファミリーが多い印象があった。
七面山登山者が減っている気がする中、にぎやかな印象があった。
また、声もたくさん掛けて貰った。
・別当さんが4月に代わったそうで、ご祈祷があったり、
今までと違う雰囲気があった。
01/08/13-14 表ー表
七面山28
・初詣り
ゆっくりと歩けた。
昨年お会いした方とも会え、写真を渡したりできた。
下山時、怪我をされた方のお手伝いをさせていただいけてよかった。
’01/ 1/3-4 表TO表
七面山27
・秋口
Kさんとの七面山。勉強になった。偶然もうおひとりのKさんとも上でお会いした。
身延山を歩けたこともよかった。
’00/10/14-15 表TO表
七面山26
・恒例のファミリー登山。この山に登って子供の成長がわかる。
緩やかではあるが、立派なペースでの登山だった
(と言っても、5.5時間。いかにこれまでが遅かったか)
・上人が檀家さんと一緒に登る形のグループが多かった。
自分は経験ないが、良い物だと思った。
・掲示に書き込みを頂いていた方と最後の最後に偶然会えた。
山から粋なお計らいを受けた気がする。
00/7/31-8/1
七面山25 ・直也との参籠・5月連休を利用して
・ゴミをなくす掲示を多く掲げられている「渋谷建設」さんの研修登山と一緒になった。
みなさん、厳しくお経を受けておられた。
・「七面山の功徳は「一回登ったから一個ある」といったものじゃない。」
「次の世代あたりにひとつ功徳をいただければ、良いのではないか。」
物理のI先生がいらして、とても印象的な話をたくさん聞かせていただいた。
例えば、富士山・七面山・出雲と彼岸の中日には陽が通る。それは知っていたが、
このわずか数キロの光の帯の中に「一の宮」とよばれる、その地区の一番大切な
神社がいくつも並んでいる、との話を伺った。事実として、古代人の天文学か、
何かの力かがあるのだろう。
=参考リンク=
ご紹介いただいた記事引用(七面山の名前は現れない)
補足引用
(上記は、記事を当HPに移植した物)
(レイライン、と言う言葉で検索すると詳解サイトがいくかあり、上記の関連記事も載っている)
・七面山におつとめのA上人の下山とご一緒した。お子さんが迎えに下に来られる
とのことで、時間調整もあって、自分たちのスローテンポとあわせていただいた。
久しぶり、と子供さんを抱き上げるお姿がありがたかった。
・前回にもまして、とても穏やかな「七面山」だった。山ツツジがよかった。
下界は新緑。
敬慎院間近ではまだ、残雪があった。前回は桜の中、日本て柔らかくて
優しくてきれいな国と思った。
今回は新緑の中、日本てみずみずしい国だと思った。
ろころで、、、、他の国を知らない。
’00/04/29-5/1
七面山24
子供達とのハイキング。
行けるところまで行こう、が、同行いただいたKさんとAさんのおかげで
敬慎院まで日帰りできてしまった。
子供達が帰宅後、自信に満ちたような顔つきをしていたのが印象的だった。
とても穏やかで行き交う方々に久しぶりの「七面山」を感じた。
下界は桜満開、敬慎院間近では残雪があった。
00・4
七面山23
毎回登る度に「久しぶり」になっている。
新春の彩りと冬のモノトーンを楽しんだ。
夕勤にては3ヶ日のみという加持祈祷をいただいた。
かつて寒く凍えた冬の印象も、開帳時のホットカーペットや
湯たんぽ等、お心遣いをありがたくいただいた。
今回はいろいろな方から不思議物語を伺った日だった。
外等の写真を撮らせていただいたが、少し静かにすべきか。
00・1
七面山22
来よう来ようと思いつつ一年ぶりとなってしまった。
ファミリー登山。ふにゃふにゃ文句を言いつつ、子供達も歩いた
7ヶ月の朋美は背中で初登山。
22丁付近では足をくじいた子をAさんと救援。
自分がテーピングテープを持って、人のものは巻けなくて困っていたら
「整体師」という方が現れて、という、ドラマでのいちシーンの様だった。
何となく山が空いていて、寂しかった。
99・夏
七面山21
夏休み。大難が小難。安産を祈願。
・登り口、滝修行中の導師と女性。写真には撮らなくて良かった。
画にはなったかも知れぬが。
自分もまたこの山に来る人間として許されぬと思った。
全部、写す必要はないだろう。その方の病気平癒を心から祈る。
・入院以来、体を動かしていなかったことがよくわかった。
本当に自由に動かなかった。人間は楽をすると衰える、つらいところだ。
・帰りに七面堂に寄り、落ち着いたたたずまいを楽しんできた。
98・夏
七面山20
父親をつれていく。満足していた。季節は冬だが雪もなく、晩秋の彩り。
9時家を出る。10時30分登りはじめ、14時45分敬慎院前。
・白糸の滝前:滝で打たれるドラマか何かのシーンの撮影が終わった直後だ
った。この寒いのに良くやる物だ。
ただ、自分が見た滝に打たれるのは必ず導師さんが指導をしていた。
素人がやるにはそれだけ危険が伴うのだろう。
・何かの行(ぎょう)なのか、毎日下って登っているという方とすれ違った。
とても、自分には出来ぬ。
・夕4時30分13丁これから登るという老女性、懐中電灯も持っていない
と言う。いくら何でも遭難の危険があることを説明したが、どうしてもわ
かっていただけない。最後には怒り声で坊で借りられれば登っても良いと
言うことになった。。。。
結果は坊にて借りられたが、借りられなければ、引きずってでも降りよう
か、とは思っていた。もっとも、あの老女性を引きずっての歩みの速度を
考えると、今度はこちらが見えなくなってしまい遭難の危険アリ、だった
が。
・久しぶりの「うなふじ」はおいしかった・・・
97・冬
七面山19
1時10分家を出る。2時30分登りはじめ
5時30分敬慎院前 富士山は見えど、日の出は見られず。
夜の登山、懐中電灯の光の中、意外に歩きやすかった。
わずかに数日はずしただけで、日の出は斜面になっていた。
97・初秋(9/28)
七面山18
夏休み。先週かなえられなかった家族での山行き。
一人で歩くと「謎の写真屋」が、家族一緒だといきなり熱心な信者さんに
みられてしまうのは、前年同様。
長男・次男ともよく頑張って歩いた。この山の優しさ、暖かさをまた知る
ことができた。次男下り、36丁~23丁寝た以外全部歩いた。
今年も埼玉のKさんに出会えた。(偶然とはあるものだ)
色々な方から、すれ違ったと言うだけで、飴・みかん・バナナなど多数い
ただいた。
97・夏
七面山17
次男熱を出し、家族登山できず、単独行。
不思議な山行きではあった。
印象的な言葉・予定されていたように項目が積み上げたように起こる。
今後の山行きが変わるかも知れない。
この山では、時折、不思議の物語も耳にすることもあるけれど、今回は多
かった。
97・夏
七面山16
5月連休を利用して
一泊も考えないではなかったが、たまには良いものかと思い、日帰りとし
た。表参道をゆっくりと歩いてきた。
97・初夏
<HP開設>
七面山15
年休を利用して、やっとの家族4人の七面山行き。覚悟していてはいたが、
つらさは予想通りだったと言うところか。長男に「歩けた」という、感激を
味あわせたかったが、下りは少し辛かったようだ。
敬慎院で同室だったYさん親子にお世話になった。Jくんの後を長男が
「お兄ちゃん」と言って追いかけ回して、楽しそうに遊んでいた。
下山時にも、長男のわがままをうまくいなして下らせてくれた。
本当にこの山の優しさを感じた。
すれ違う方、追い抜いて行かれる方、皆さん、必ず声をかけて下さる。子
供だましの飴や駄菓子の見積りを誤って数が少なかった、不思議なことに無
くなりそうになると、どなたかが分けて下さる。皆さん、自分のように大き
なザックでは無いから荷物量も限られる中で、また、自分自身必要な時も有
るだろうに、快く声をかけ差し出して下さる。霊友会(と思われる)の女性
までが菓子類を差し出して下さった。会の規則も厳しいだろうに
いろいろな方から声をかけられる度に感じたのは、子供に「山への想い」
を伝えたくて、連れて(背負って)歩いた経験を持つ方が相当数おられると
いうことか。
次、この山に来る時を考えてしまった。しばらくは一人歩きが、また続く
だろうが。
この山には、絶対的な事実として、いろいろな形での「生と死」が存在し
ている。それを長男は感じたらしい。不思議なものだと思った。
96・夏
七面山14
5月連休を利用して
京都のH上人が登られると言うことで、お会いできればと登った。
今回は団参とはいっても、お忙しかったそうで、奥様とSさんの下られる
途中の3人にお会いできた。
また、下山途中、昨年お会いした、埼玉のKさんにまた、お会いできた。
下山中のこと、登る子供達を呼び止めては、飴を分けていたるおばあさん
がいて、自分もなぜか、呼び止められ、お相伴に預かってしまった。単独行
らしく、関西方面の言葉のようだったが、楽しいおばあさんだった。
96・初夏
七面山13
夏休みを利用して。体が、比較的軽かった。夜明けの縦雲がよかった。
ホースマンの6/9モデルを担ぎ上げたHさんと盛り上がってしまった。
あちこちで、シャッターを頼まれた。
95・夏
七面山12
途中、「カメラを忘れたので」と10人くらいの団体の中のお一人に言わ
れ、撮ってさしあげたら、茶屋でコーヒーをいただいた。結局、お礼も兼ね
て、その後、京都のお寺にいらっしゃるというH上人を中心に登るその方々
と同行してしまった。同行させていただくことで、初めてお題目を唱えなが
ら登った。
ポイントでは2・16を読んでいたので、自分も一番後ろで小さな声を出
させていただいた。
部屋は別だったので、特にその後はご一緒しなかったが、大変お世話にな
った。
毎回、この山で、部屋に入ると信者さん(大多数)の中で、写真が趣味で
登った人(リピーター多数)、山登りとして登った人(最初のころの自分も
含め)と、大抵3種類いる。写真が趣味の人には、下で撮るときは自分程度
のカメラでは素人として扱われ、相手にしてもらえぬが、ここでは、カメラ
好きと言うことで、いろいろと、話しかけてもらえる。今回は、写真関係3
人・・・大いに盛り上がってしまい、早朝、頂上付近の撮影ポイントを教え
てもらった。(おにぎりの手配までしていただいた。)
宿坊内で、日蓮宗以外のお坊さんも、この山に来ることを知った。「この
山は法華経を奉ずる者には特別の山なのです。」と穏やかに言われていた。
そんなことは知らなかった。北海道からとおっしゃっていた。
ここのところのマスコミをにぎわす騒ぎで、見知らぬ人同士が、仏教を信
じる者というお互いのベースのうえで、いろいろな意見交換をしていた。
どこから来たかと聞きあうのが常で、いつもは「近くていいですね、と言
われるのに慣れているが、今回だけは、その件の感想まで求められた。
特にこの方々に言うようなネタはないのだが。
大ガレ上からの、陽が少し写った写真がこの日の写真
95・初夏
<写真をまとめてパソコン版・写真集の形に>
七面山11
リフレシュ休暇'94 次子の安産と家内安全を祈願す。 EOS5+YASICA+
4本+脚2本の荷物はきつかった(上り5Hもかかった)写真を撮りながら、ゆっ
くり登ったせいもあるが。
尺八持参のおじさまより写真を依頼される。やたらと風流な音が山間に響
いた。ここで尺八を吹いた人も、その写真を撮ったのもめったにおるまい。
94・夏
七面山10
リフレシュ休暇'93
やっと長男無事誕生のお礼参りができた。
日の出が良かった。夜明けの写真はいいものが撮れた。
自分を含め4人の泊まり。2人は自分と同じく本格的な冬山は避けてここ
に来たと言う人たち。もう1人はこの山は2回目で、明日競馬で当たるよう
精進潔斎するために登ったと言っていた。七面山の神様(仏様?)も大変だ
と思う。
93・冬
七面山9
リフレシュ休暇をいただき、冬山登山とあいなった。安産祈願のお札をい
ただいた。
めったにお札をいただかないが、今回は、真剣。
登りの4時間のうち、3時間はアイゼン装着の登山だった。 坊の泊まり
は自分一人というのには恐縮だった。一晩中暖房をたいてくれたが、それで
も零下10度を越えていた。寒かった。(一週間後、インフルエンザを背負
い込むこととなった。)
93・厳冬
<七面山の写真のパソコンでのまとめ開始>
七面山8
「お守り」を買いたくなった・・のぼりもくだりも裏参道・・山を歩くの
がなぜかつらかった・・坊はすべて閉じていた。帰りにまたうなふじに寄っ
た。定番となりつつある。
92・秋
七面山7
家内を始めて連れて行く。体調を崩していたので、ちょっとつらかったよ
うだ。
この山ののんびりした雰囲気が気に入っていた。リフレッシュ休暇を利用。
92・夏
七面山6
家内が長崎に幼稚園の研修で行って暇だったので、登った。
山歩きに行くにも、特に計画を立てていなかったので、行き先が、また
ここになってしまった。
途中で出会った山やさん風の中年女性2人のむちゃくちゃないいかたには
参った。(自分も同類の山屋さんと思われたとは思う)この山の悪口をさん
ざん聞かされ、腹を立てた自分に、いつの間にか、自分はこの山が好きにな
っていたか?とは思った。 のぼり裏参道・くだり表参道・日帰り
帰りに「うなふじ」に寄った。帰り道でウナギを食べるようでは、とても
信者にはなれない。
92・梅雨明け間近
七面山5
裏参道よりはじめて登った。表参道より日帰り。30丁目で和尚さんが、
「くまで」で道を掃除しながら登っていたが、その笑顔が印象的だった。こ
ちらのルートの方が空気が澄んでいるとおっしゃていた。
92・梅雨
七面山4
宿坊で先についていた隣の方から、お茶を入れていただいた。そのご一行
の3歳のちびさんがかわいかった。良く登ったものだ。この山に登る形態と
して、普通のお寺の住職さんが檀家さんから希望者を募り引き連れて来るこ
とを知った。会を組織して、そこでの修行として大集団で登るのは知ってい
たが、このように数人で登る方と話すと、いろいろな方のこの山に対する想
いを知ることができる。
このお坊さんは東京より、月1回の山行きをしているのだそうだ。近くに
家があっても自分にはとてもできぬ。写真を送ってあげた。
91・夏
七面山3
Nさんが行かれるという連絡があり、急遽、日程を合わせる。(おみやげ
に名産のリンゴジュースをいただいた。)新緑が良かった。単独行で、ずっ
とお題目を唱えながら下ってくる端正な顔立ちの少女とすれ違ったのが、印
象的だった。初のお泊まり。
翌朝、静岡方面、梅ケ島に抜けたかったが、雨。聞けば、「雨の中、6時
間ヤブコギをやる体力があればOKだ」とのことで、断念。帰りは電車、つ
らく、寒かった。
91・初夏・晴-土砂降り
七面山2
もう一度、何かに出会いたくて登った。青森から年2回この山に来るとい
うご夫婦、Nさんと出会った。津軽の言葉がすてきだった。
写真屋として扱っていただき、写真を撮って送るよう依頼された、1週間
の後、りんごをいただく。山で沸かしてあげたコーヒーに感謝とのこと。
申し訳なく。
90・晩秋・快晴・日帰り
七面山
宗教の山(日蓮宗・身延山久遠寺・奥の院とのこと)歌うようなお題目、
叫ぶようなお題目、ぶつぶつとお題目、300人位の隊列の白装束のお題目、
色々と出会った、祈りの山。90/10・頂上
不思議な安心感を感じながら、日帰りをした。
自分も祈りたくなったらここに来ようかと思った。ここは他の人が祈るこ
とを否定してはいけないかわりに、自分も自分なりの祈りが許される、と思
った。
紅葉・富士山がよかった。フィルムが死んでいたのが残念。
90・秋・快晴・日帰り
初登山時 七面山頂
こういう言葉があるように、多数回登られる方が多いこの山にあっては、
多いとは言えない記録ですが、一応メモよりの抜粋
=山歩記より=
七面山62
ここで上らせて頂かないと、ちょっと機会を逸しそう、と出発
あれこれやっている間に出発が遅れ、10時歩き始め。
30丁付近で内ももの筋肉痛→つり状態
リタイアも念頭に置きながら、休み休みで何とか上った。
帰りはより慎重に横向き歩き状態で下山、計8時間の長旅となった。
36丁で足を伸ばしながら思案していると、
そこに居合わせた、先ほど少し言葉を交わした方から
「クラシエ 漢方芍薬甘草湯」を分けて頂いた。
心理効果もあったと思うが、速効的に、その後に再発が無く、
ご厚意に手を合わせる思いだった。
日常の準備不足・トレーニング不足を大きく反省
今回は「登山」の方とおぼしき方を多く見かけた。
同時にお寺単位の団参とのことだが、ほとんど登山装束の団体さんも見かけた。
山の容貌が変わっていくかもしれないと思った登詣だった。
修行の方とすれ違い少し話したら、初めてお会いした方では無かった。
毎月登っても足が痛みますよ、とのこと。
尊い思い、こころざし。
黒リック、EOS
23/05/11
七面山61
色々と報告やお礼の登詣
新緑が気持ちよかったが、なんか登りはじめが特に重かった
13丁のトイレが水洗化されていた。
伺うと、山梨県と早川町、身延山久遠寺で今年は13丁、来年は23丁と
計画的に整備を進めている、とのことだった。
汚くても良い、ではこの時代の方は呼び込めない、という事実に向き合い、
この山を残そうという真剣な取り組みだと感じた。
使用料の100円は安価だし。
ただ、このきれいな新設トイレを、きれいに維持するのも大変なことだと思う。
ぜひ、そちらにも予算を確保して差し上げて欲しい。
前回に引き続き、団体さんが復活していた
マスコミ報道はコロナ禍解禁、もう危険は無い印象を与えているが、
ほんと?大丈夫?の思いもある。
号令一発で解除できるなら、政策的なやりやまいだった?
つづら折れ題目を浴び登新緑
コロナの喪開けて集へり五月晴
紫ザック、EOS
23/05/05
七面山60
退職を記念して登詣 4月の登詣から続いて顛末とお礼を自分なりにご報告。
これまで秋の七面山にはなかなか登れなかったがやっと叶った。
黄葉は下まで降りてきていて、そこに素晴らしい陽が当たり、
山に出迎えていただいた心地でスタートできた。
上では大勢の団体さんがおられた。高齢な方の多い団体さんだった。
山の疲弊も感じつつ、帰路、無理に開けてくれた13丁での楽しいお話しには感謝。
人のご縁も感じた。少しはお役に立ちたい・・・かな。
思ったより時間が掛かり、7時間、下山13丁から下は懐中電灯使用、
中部横断自動車道は楽だが、帰りに路肩や路地に入ってちょっと休憩ができない。
紫ザック、EOS
22/11/17
七面山59
コロナ渦にあっても、WITHコロナとやらが
明確に感染者数は高止まりのまま蔓延防止解除の昨今
もう、見られないかとも思っていた団体参詣の皆様とも挨拶を交わせた。
13丁は入ってくれる方が決まったようで、新しい風を感じた。
往復のルートは中部横断自動車道。
思うことも有り、お礼をお伝えもあり。
真面目に歩いて、6.5時間。。。そんなレベル
紫ザック、EOS
22/4/30
七面山58
新型コロナウイルスの年、親族の集まりも中止とし、七面山登詣
大晦日から元旦への七面山は、おそらく最初で最後と思われる。
夕食時の年越し蕎麦、朝のお雑煮、心づくしを多々頂いた。
餅つきは中止にしたとのこと。消灯無しの年越し。
11時45分に除夜の鐘開始、鐘を終わって翌朝4時起床、徹夜ようなもの
大祭に引き続き晴れの日の七面山を感じた。
法要後の加持もいただいたが、
こちらも大祭に続いて、お経を背に頂くことはなく、
お上人方はマスクをつけての加持祈祷
コロナ下の新年だった
「国防の任に就かれている」の方が、軒下で野宿するつもり、、
とおっしゃっていたので、
了承を得て番の方に相談・紹介、泊まれるよう手配いただいた。
確かに一般人の耐久とは比較にならないにしても、
荒風の無い敬慎院横でもマイナス10度を下回り小雪ぱらつき、、、、
さすがに無理はいけないでしょう・・・日本の防衛力が下がる・・・
23丁では水が涸れていた。水を汲んでお届けのご協力。
2リットルボトル1本でも人数で稼げばそれなりの量にはなるでしょう、的、
協力を呼びかけ、賛同を得た協力者多数。
やっとのこと、登詣回数が年齢に追いついた。
緑ザック、EOS2台
20/12/31-21/01/01
七面山57
新型コロナウイルス禍下、大祭を開催いただき感謝
何年ぶりの大祭か、宿泊自体も久しぶりで色々と新鮮
読誦会ということで、一の池に向かって2・16・21の読誦にご祈祷
池の水が両面から波立ち合わさっていく姿が印象的だった。
ご開帳・夕食・大祭法要
部屋に4人、長布団2枚で泊まり、かなりのソーシャルディスタンス
大祭にこのようにゆったりと泊まらせていただけたのは望外の喜び
法要は50人が堂内へ、残りは外で、だったが、雨
せっかくご用意いただいたろうそくの火も消えてしまい、残念だった
法要後加持、2組に分けて堂内へ
お経を背に頂くことはなく、お上人方はマスクをつけての加持祈祷
コロナ下の大祭だった
また、夜通し堂内は明かりをつけて下さり、いつまでいてもいて良い、
と言うご配慮をいただいた
鎌倉出版の「七面山」の本が一部リニューアルで、思わず買ってしまった。
人々の記述は大幅変更 似たような本が2冊あることになる
下り坂でやはり足が痛む!登りは4.5時間もかかってしまった・・・
赤ザック、EOS2台
20/09/18-19
七面山56
新型コロナウイルスの年
自粛解除の次の日に一度2丁まで歩いたが、
山を荒らしても仕方ないと思い、一度引き返し、
敬慎院さんに電話で登詣の状況を伺い、翌週再トライした。
盛大に掲示されていたコロナ関連の掲示物は1週でだいぶ減っていた。
本当に、世の中の平穏と病魔退散を心から祈る
倒木、電柱の倒壊は復旧されつつあったが、道は臨時のままだった(41~42丁目)
山の護持の大変さを改めて思う。
13丁・23丁共に無人状態
水を引くホースに水道が取り付けられていた。心遣いに感謝。
伊東の方で非常に詳しい方と帰りに同行、
体力もすごい方で自分はいつまで歩けるかと不安になった
ミニ黒ザック、EOS
20/05/28
七面山55
雨続きでお茶の生育遅い寒い初夏
昨年の厳しい台風を思い出した。
倒木、電柱の倒壊、参道の通行禁止区間(41~42丁目)
山の護持の大変さを改めて思う。
13丁は臨時でお休みせざるを得ない状況と言うこと
13丁に続き、23丁も水が涸れたと言うこと
何もできない自分を改めて知る
ミニ黒ザック、EOS
19/05/05
七面山54
新緑・初夏の気持ち良い山歩き、登詣者は少なかった。
当ホームページも検索に引っかからなくなってきたし、
このような個人ホームページを続けるのも悩ましい。
自分もこんなローペース&日帰りでは何を言わんか、、、的。
巨木の倒木に手を加えた後があり、山の厳しさを感じるばかり。
下山中に、20丁付近で26丁の方が上っておりお会いした。
「寄ってくれる、顔見知りの方も減りました」
ご自身が「学生だったときが全盛だったようです」とはお嘆きだった。
ウエストバッグ、EOS
18/04/28
七面山53
1月4日はもう歩く人もいない静かな山。
和光門上の坂で鹿のつがいと出会った。
逃げる気もなさそうで悠々と。
逃げてくれないのも困った物、と前を通り過ぎるのを待った。
13丁は朝から人はいても休業、23丁は人がいなく、
36丁は人がいらっしゃって静か。
いらっしゃるのが普通と思っては行けないのかも知れない。寂しい冬になる。
黒ザック、EOS
17/01/04
七面山52
前回登詣時は何を思っていたか、今は何を、と思いつつ歩いた。
まわりが変わって1年半の時。自分は何も変われていないが、
お礼だけは申し上げたい。
比較的軽快に歩けた・・・と思っていたが、
下山、最後の1丁のところで駆け足の方が自分を抜いていった。
そのまま、駐車場で帰り支度をして、自転車に乗る準備をしておられる。
聞けば、甲府まで下山後のその足で自転車で帰られるとのこと。
思わず
「52号まで自転車ごと載っけて行きましょうか?
結構距離ありますよね・・」と声をかけた。
お答え・・・「山岳トレールの参加者でトレーニングの一環」とのこと。
山岳トレールは七面山でも行われているのは知っていたが・・・
ちょっと聞かせていただいたには、、、、
身延の階段の下から、身延山奥の院まで駆け上がり、そこから赤沢まで下り、
七面山敬慎院まで表参道を上り、北参道を駆け下り、また、赤沢から奥の院を経由して
身延山久遠寺まで下るとのこと・・・
「早い方は3時間だそうで・・・」と相づちしたら、「自分は7時間もかかりますよ」
とおっしゃっていた。
自分の場合、敬慎院まで表を登って北参道下っただけでそのくらいかかるか?
それに身延上下が加わるとなると、とてつもないスピードだと思う。
「どうぞ、自転車でお帰り下さい・・・」とは伝えました。
どうも、カメラが故障・・・困ったもの。せっかくの勇姿を撮れなかった。
黒ザック、EOS&コンデジ
16/08/16
七面山51
足を痛め1年以上のブランク。お久しぶり・・
今回は登りは3時間半かからず自分的ペースとしてはまぁまぁよかったけれど、
下りに色々な方から話を伺えたりもあり4時間ちかくかけた。
下山は特におっかなびっくり状態。
ご高齢な方が一歩ずつ踏みしめて下る気持ちの一部でもわかったか・・
ウエストバック EOS
15/08/11
七面山50
50回お礼参詣。
まだまだ回数としても少ないが、お礼&記念として
夕勤のあと、七面様の奥の釈迦像と仏舎利、
その横の部屋にお万の方縁の宝物や山の古いお宝などが安置してあり、
そこを初めて拝した。
人は少なく静かだったが、雪の中、良い山をいただいた。
緑ザック、EOS&コンデジ
14/01/03-04 敬慎院泊
七面山49
夏休みを利用して。
山は静かで登詣の方も夏休みとしては少ない印象。
二の池では深い緑色。
波もなく、とろーり!という感じだった中に、
静かな風が吹き、陽が刺し、さざ波が起こり、
きらきらとすてきな光を拝することができた。
ウエストバック EOSデジ
13/08/13
七面山48
寒い七面山だった。
人も少なかった。明日からは増えると思うが。
下山時、無縁さんにてほうきで清める若い女性とお会いした。
慣れたご様子。
2年山務員を勤められたことがあり、今日は明日からの応援とのこと。
このように心を込めて山を大切にしていただけることをありがたく思った。
金髪のアイドルタレントかモデルさんのような方だった。
この方と町でお会いしていたら、まぁ、お話しすることはなかったと思う。
「このおじさん・・なに??」と言われても仕方ない(^^;
ミニザック EOSデジ
13/05/02
七面山47
かごで登られるおばあさまとお付きのお孫さん達とお会いした。
お祈りの会の指導者をしておられるとのことで、
山に登るためにかごを依頼されたとのこと。
山への思いを感じる。
新東名ができて52号線沿いにインターができた。
利用してみたがかえって遠回りらしい。車路、2時間以上かかってしまった。
今回は特に足が悲鳴を上げている。
ウエストバック EOSデジ
12/05/05
七面山46
体全体が重く、足も故障の余波でどうも不調気味、急ぎの日帰り
その前日、大震災の後の3月15日の地震の富士山の震源地付近に所用で行った。
地がおさまってくれるよう、祈るのみ。
若いファミリーや子供も交えた団参など、数は少ないがバラエティー豊か。
100日の連続登山の方がいらっしゃるとのこと。頭が下がります。
紫ザック EOSデジ
11/08/17
七面山45
寒い五月の山だった。
震災に向けての「国祷会」が13:00より執り行われる。
東日本大震災は3月11日、原発の爆発も、市内震源の震度6強の地震も、、、
今まさに現実。
立正安国・・・かなうのだろうか。どうかなえるのだろうか。
角瀬のお店の方から伺うと、キャンセルもかなりあるよう。
出がけの未明、市内震源の震度3の地震があったとか。
ひと揺れに気持ちにも亀裂が入っていくよう。
そういえば、この前に日蓮宗のある僧侶様とお話しした。
「祈りは後でもいいかもしれない。連休後は一般の方のボランティアは減らざるを得ない。」
「そんなときに時間の自由になる坊主がボランティアをしたい。」
頭が下がった。
ウエストバック EOSデジ
11/05/05
七面山44
5時間、登り3下り2アイゼンを37丁で付けたので
自分としては良いペースだと思う。
20丁から雪(少ない)
マイナス8℃くらい
13丁にリスがいた。
紫ザック EOSデジ
11/01/04
七面山43.5
娘とハイキング・・・途中リタイア。 ま、仕方ないか・・・
ウエストバック EOSデジ
10/11
七面山43
和光門をすぎたあたりで、鹿の一群をみた。すごいもの。
お寺では困っているそうな。
カメラを構えている時間は全くなし。
それと、一の池の藻がたまったそうでお上人方が掃除をしていた。
ざぶざぶとやっていて楽しそう・・・、いえ、ありがたいことです。
新しい石塔も色が変わり始めていて、自然劣化が始まっていると思うと、
厳しい物と思う。
敬慎院前にぞらっとならんだ旧石塔、良いですね。
もう一度、一丁毎の足取りを思い起こす。
ウエストバック EOSデジ
10/08/17
七面山42
行きたい思い多々で日帰りをした。
下の駐車場に9:40着、出発、下山車着15:20着・・・。
軽装だがそれでも重さはそれなりの荷、
自分としてはオーバーペース
昨年の工事の土嚢はすべてきれいに片づけられていた。
今回はお子さま連れや家族での登山、グループ登山を多く見た。
最近減ったと思っていたのでうれしかった。
また、近所の息子の友達の同級生、お二人に出会い。
若やいだ5月の風そのもののような七面山だった。
ウエストバック EOSデジのみ
10/05/03
七面山41
前回の日付が、05年4月末・・・なんと4年ぶりの七面山。
時間が経っていた。
いろいろあったけ・・・いろいろな思いで登ってきた。
重くなりなりがちな歩き
カメラを複数台持っていたのに2台までが電池切れしたり勘も鈍り。
今回はルートが表ー表と負担を軽くし、敬慎院のみ。
荷物もいつもよりは軽くしたのに。
途中の丁の石灯籠の更新が終わり、今までの灯籠が上に集められていた。
13丁の休憩所が新しくなっていた。
敬慎院では、女性1人、男性2人のパーティー、
とにかく目立つお三方。外人さん1人・・・がいらっしゃた。
3人ともはじめてで、ホームステイしている外人さんに
「日本」を見せるのが目的で、そのひとつとしてある方から勧められたのが七面山だったそう。
会話の英語が聞こえる七面山、不思議な七面山だった。
「何度も聞こえる「南無妙法蓮華経」これはどんな意味?」の問い・・・
自分なりに英語にでっち上げて言ってはみたが、なんのことやら。
緑ザック 表ー表 EOS5 CANONデジカメ コンデジ
09/05/12-13
七面山40
正月には足が痛んであきらめた七面山、
今年初めて、ということで次男坊と2人、歩いた。
普段、隠れて遊んだり、体を動かす彼としては
おおっぴらに楽しく動けるようで、ご機嫌の登山。
ルートは北参道から北参道、参籠も奥の院、という
これまでとしては初めての経験だった。
奥之院、副別当様のご法話には感じるところ大きく、
泊まらせて頂いて良かった。
また、頂戴した宿泊の質にも感動した。
子供さん達10人くらい一緒のご一行もいらっしゃったが、
皆さん、お経の中で背筋正しく育っているご様子。
すごい物です。
それにひきかえ・・・(^^ゞ
それと、写真の勘が滅茶苦茶落ちている。
ここのところ富士山との出会いも不調。
ご来光をいただけただけでも良しとするか・・・
緑ザック 表ー表 EOS5 CANONデジカメ
05/04/29-30
七面山39
従兄弟ファミリーと友人と自分と長男の登山。
我がファミリーはあまりにもいろいろあって2人になってしまった。
別当様が変わられたが、加持は受け継いでいただいた。
また、唱題行をはじめられ、
自分としてははじめての参加。
あんなに長くお唱えしたのも暗い中での唱題、というのも初めて。
奥之院様HPとリンク頂いた記念にご挨拶。
来年は全員で登りたい物。
緑ザック 表ー表 EOS5 CANONデジカメ
04/01/03-04
七面山38
1/3ー4と新年の登山。
今年は、ぽかぽかと暖かい中、
セーターまで脱いであるくような登山。
今回は敬慎院内で富士山の様子が見られるモニターカメラが
設置されていたり、暖房設備の充実が進んでいたり、
来る時代に備えて、時代に迎合せず、といえど、人を引きつける物を
いろいろと考えているご様子を感じた。
で、朝の日の出・・・写真としてはNG。
それと、、、ちょっと前にTVで放映していたロンドンブーツが
北海道の熊のぬいぐるみを買って、
色をピンクに塗りかえ、くわえた鮭を小判に換えたものを
50体七面山に運び上げて、ごりやくを、と言う番組ですが、
(前述しています・・・)
23・36丁の各位が買われたシーンが出てきます。
「やらせ」かと思い、真相をうかがったら、
あんな芸人さんたちはどうでもいいの!
あれはご祈祷を受けた物だから、自分から求めたのですよ・・・
ということでした。
熱い思いをお教え頂きました。
緑ザック 表ー表 EOS5 CANONデジカメ
04/01/03-04
七面山37
ことしも大騒ぎのファミリー登山。楽しく登山した。
従兄弟のS家族と同行。
朋美にあわせたペースはあいかわらず遅い。
昨年7時間、今年6.5時間。今年は5時間。朋美とKが遅れる。
木の実を拾って遊んでいたそうな。
朋美(4.7ヶ月 5回目)は100丁の内、登り50丁 下り47丁を歩いた
やかましい一行だったが、同室の方のご親切等々、ありがたくいただいた。
緑ザック 表ー表 EOS5 CANONデジカメ
03/08/11-12
七面山36
初めてご神木に出会えた。生きる姿に感動。
神力坊でシベリアンハスキーが寝ている。聞けば23丁の犬で、帰らずに困っている
らしい。気の優しい犬で、同行と相成った。
その辺の石にはおしっこをしつつ、灯籠にはしないあたりはさすがかと思った(笑)
下山時、36丁では荷下ろしをしていたので少しお持ちし下った。大変な作業に頭
が下がる
緑ザック 表ー表 EOS5 CANONデジカメ
03/05/1-2
七面山35
開宗750の年の大祭。
昨年同様「たくさん人のいる」七面山を見たような気がした。
昨年もお会いしたが、今年は更にがんばって登られる老僧とお会いした。
いざっても山を目指して歩かれる姿に頭が下がった。
Kさん・Mさんコンビ等々とも今年もお会いした
帰りには身延山 御廟所に寄った。
緑ザック EOS5 デジカメ
写真は今一歩? 02/09/18-19
七面山34
恒例のファミリー登山。友紀と直也がむくれなくなった。
朋美にあわせたペースはあいかわらず遅い。
昨年7時間、今年6.5時間。相変わらず抜かれに抜かれた。
朋美(3.7ヶ月 4回目)は100丁の内、登り47丁 下り33丁を歩いた
・・七面山は何となく雑然としていた。
緑ザック 表ー表 EOS5 CANONデジカメ
02/08/22-23
七面山33
北参道登山
穏やかな春の山歩き
のぼりくち、小学校の授業と出会う。花の寺、山ふところの小学校、
学窓の声が花に降り注ぐ
良い物。良い雰囲気の教室。
無人と思っていた上の坊を守って下さる方がいた。
頭が下がる。
全体的には花曇りの中、帰り口に富士山の姿を拝した。
緑ザック 裏ー裏 EOS5 645 デジカメ
02/05/2-3
七面山32
・Eさんとの冬山登山
暖かだったが、積雪はこれまで経験したなかで、
一番多かったと思う。
朝、雪に降られてしまい、めずらしく朝勤にでた。
良いものと思った。
これまでで一番の軽装(カメラの機材が)で登ったが
このくらいだと歩くのが楽。情けないが。
下山後、路面にも少し雪があった。隣に車を泊めていた方から
雪道なので「だらに」を唱えて、とアドバイスをいただいた
唱えられないが、ありがたくお気持ちをいただいた。
緑ザック EOS5 デジカメ 02/02/2-3
七面山31
・恒例の初詣
穏やかな山だったが例年よりも雪が多かった。
怪我をされた方が多くいらっしゃり「冬の山」を改めて感じた。
何もできなかったが、大過ないことを祈るのみ。
どうも、体力の衰えを感じた日だった。気合いが足りないか?
緑ザック 表ー表 EOS5 645 デジカメ
02/01/3-4
七面山30
・30回記念登山でもあり、大祭をめざして登った。
久々に「たくさん人のいる」七面山を見たような気がした。
・途中で同行いただいた方など、楽しく登った。
今回は不思議の物語をたくさん聞いた。
写真は今一歩?
01/09/18-19 表ー表 赤沢散策
七面山大祭風景
七面山29
・恒例のファミリー登山。いよいよ荷物を背負うと長男に簡単に抜かれる。
長女が歩いてくれれば歩かせるペース、遅い。片道7時間!
抜かれに抜かれた。
長男(8歳 6回目)と次男(6歳 7回目)長女(2.7ヶ月 3回目)
登っている間、長女が2回目と思いつつどうも記憶と符合しない。
帰って見たら3回目だった。
・今年は小さなお子さん連れのファミリーが多い印象があった。
七面山登山者が減っている気がする中、にぎやかな印象があった。
また、声もたくさん掛けて貰った。
・別当さんが4月に代わったそうで、ご祈祷があったり、
今までと違う雰囲気があった。
01/08/13-14 表ー表
七面山28
・初詣り
ゆっくりと歩けた。
昨年お会いした方とも会え、写真を渡したりできた。
下山時、怪我をされた方のお手伝いをさせていただいけてよかった。
’01/ 1/3-4 表TO表
七面山27
・秋口
Kさんとの七面山。勉強になった。偶然もうおひとりのKさんとも上でお会いした。
身延山を歩けたこともよかった。
’00/10/14-15 表TO表
七面山26
・恒例のファミリー登山。この山に登って子供の成長がわかる。
緩やかではあるが、立派なペースでの登山だった
(と言っても、5.5時間。いかにこれまでが遅かったか)
・上人が檀家さんと一緒に登る形のグループが多かった。
自分は経験ないが、良い物だと思った。
・掲示に書き込みを頂いていた方と最後の最後に偶然会えた。
山から粋なお計らいを受けた気がする。
00/7/31-8/1
七面山25 ・直也との参籠・5月連休を利用して
・ゴミをなくす掲示を多く掲げられている「渋谷建設」さんの研修登山と一緒になった。
みなさん、厳しくお経を受けておられた。
・「七面山の功徳は「一回登ったから一個ある」といったものじゃない。」
「次の世代あたりにひとつ功徳をいただければ、良いのではないか。」
物理のI先生がいらして、とても印象的な話をたくさん聞かせていただいた。
例えば、富士山・七面山・出雲と彼岸の中日には陽が通る。それは知っていたが、
このわずか数キロの光の帯の中に「一の宮」とよばれる、その地区の一番大切な
神社がいくつも並んでいる、との話を伺った。事実として、古代人の天文学か、
何かの力かがあるのだろう。
=参考リンク=
ご紹介いただいた記事引用(七面山の名前は現れない)
補足引用
(上記は、記事を当HPに移植した物)
(レイライン、と言う言葉で検索すると詳解サイトがいくかあり、上記の関連記事も載っている)
・七面山におつとめのA上人の下山とご一緒した。お子さんが迎えに下に来られる
とのことで、時間調整もあって、自分たちのスローテンポとあわせていただいた。
久しぶり、と子供さんを抱き上げるお姿がありがたかった。
・前回にもまして、とても穏やかな「七面山」だった。山ツツジがよかった。
下界は新緑。
敬慎院間近ではまだ、残雪があった。前回は桜の中、日本て柔らかくて
優しくてきれいな国と思った。
今回は新緑の中、日本てみずみずしい国だと思った。
ろころで、、、、他の国を知らない。
’00/04/29-5/1
七面山24
子供達とのハイキング。
行けるところまで行こう、が、同行いただいたKさんとAさんのおかげで
敬慎院まで日帰りできてしまった。
子供達が帰宅後、自信に満ちたような顔つきをしていたのが印象的だった。
とても穏やかで行き交う方々に久しぶりの「七面山」を感じた。
下界は桜満開、敬慎院間近では残雪があった。
00・4
七面山23
毎回登る度に「久しぶり」になっている。
新春の彩りと冬のモノトーンを楽しんだ。
夕勤にては3ヶ日のみという加持祈祷をいただいた。
かつて寒く凍えた冬の印象も、開帳時のホットカーペットや
湯たんぽ等、お心遣いをありがたくいただいた。
今回はいろいろな方から不思議物語を伺った日だった。
外等の写真を撮らせていただいたが、少し静かにすべきか。
00・1
七面山22
来よう来ようと思いつつ一年ぶりとなってしまった。
ファミリー登山。ふにゃふにゃ文句を言いつつ、子供達も歩いた
7ヶ月の朋美は背中で初登山。
22丁付近では足をくじいた子をAさんと救援。
自分がテーピングテープを持って、人のものは巻けなくて困っていたら
「整体師」という方が現れて、という、ドラマでのいちシーンの様だった。
何となく山が空いていて、寂しかった。
99・夏
七面山21
夏休み。大難が小難。安産を祈願。
・登り口、滝修行中の導師と女性。写真には撮らなくて良かった。
画にはなったかも知れぬが。
自分もまたこの山に来る人間として許されぬと思った。
全部、写す必要はないだろう。その方の病気平癒を心から祈る。
・入院以来、体を動かしていなかったことがよくわかった。
本当に自由に動かなかった。人間は楽をすると衰える、つらいところだ。
・帰りに七面堂に寄り、落ち着いたたたずまいを楽しんできた。
98・夏
七面山20
父親をつれていく。満足していた。季節は冬だが雪もなく、晩秋の彩り。
9時家を出る。10時30分登りはじめ、14時45分敬慎院前。
・白糸の滝前:滝で打たれるドラマか何かのシーンの撮影が終わった直後だ
った。この寒いのに良くやる物だ。
ただ、自分が見た滝に打たれるのは必ず導師さんが指導をしていた。
素人がやるにはそれだけ危険が伴うのだろう。
・何かの行(ぎょう)なのか、毎日下って登っているという方とすれ違った。
とても、自分には出来ぬ。
・夕4時30分13丁これから登るという老女性、懐中電灯も持っていない
と言う。いくら何でも遭難の危険があることを説明したが、どうしてもわ
かっていただけない。最後には怒り声で坊で借りられれば登っても良いと
言うことになった。。。。
結果は坊にて借りられたが、借りられなければ、引きずってでも降りよう
か、とは思っていた。もっとも、あの老女性を引きずっての歩みの速度を
考えると、今度はこちらが見えなくなってしまい遭難の危険アリ、だった
が。
・久しぶりの「うなふじ」はおいしかった・・・
97・冬
七面山19
1時10分家を出る。2時30分登りはじめ
5時30分敬慎院前 富士山は見えど、日の出は見られず。
夜の登山、懐中電灯の光の中、意外に歩きやすかった。
わずかに数日はずしただけで、日の出は斜面になっていた。
97・初秋(9/28)
七面山18
夏休み。先週かなえられなかった家族での山行き。
一人で歩くと「謎の写真屋」が、家族一緒だといきなり熱心な信者さんに
みられてしまうのは、前年同様。
長男・次男ともよく頑張って歩いた。この山の優しさ、暖かさをまた知る
ことができた。次男下り、36丁~23丁寝た以外全部歩いた。
今年も埼玉のKさんに出会えた。(偶然とはあるものだ)
色々な方から、すれ違ったと言うだけで、飴・みかん・バナナなど多数い
ただいた。
97・夏
七面山17
次男熱を出し、家族登山できず、単独行。
不思議な山行きではあった。
印象的な言葉・予定されていたように項目が積み上げたように起こる。
今後の山行きが変わるかも知れない。
この山では、時折、不思議の物語も耳にすることもあるけれど、今回は多
かった。
97・夏
七面山16
5月連休を利用して
一泊も考えないではなかったが、たまには良いものかと思い、日帰りとし
た。表参道をゆっくりと歩いてきた。
97・初夏
<HP開設>
七面山15
年休を利用して、やっとの家族4人の七面山行き。覚悟していてはいたが、
つらさは予想通りだったと言うところか。長男に「歩けた」という、感激を
味あわせたかったが、下りは少し辛かったようだ。
敬慎院で同室だったYさん親子にお世話になった。Jくんの後を長男が
「お兄ちゃん」と言って追いかけ回して、楽しそうに遊んでいた。
下山時にも、長男のわがままをうまくいなして下らせてくれた。
本当にこの山の優しさを感じた。
すれ違う方、追い抜いて行かれる方、皆さん、必ず声をかけて下さる。子
供だましの飴や駄菓子の見積りを誤って数が少なかった、不思議なことに無
くなりそうになると、どなたかが分けて下さる。皆さん、自分のように大き
なザックでは無いから荷物量も限られる中で、また、自分自身必要な時も有
るだろうに、快く声をかけ差し出して下さる。霊友会(と思われる)の女性
までが菓子類を差し出して下さった。会の規則も厳しいだろうに
いろいろな方から声をかけられる度に感じたのは、子供に「山への想い」
を伝えたくて、連れて(背負って)歩いた経験を持つ方が相当数おられると
いうことか。
次、この山に来る時を考えてしまった。しばらくは一人歩きが、また続く
だろうが。
この山には、絶対的な事実として、いろいろな形での「生と死」が存在し
ている。それを長男は感じたらしい。不思議なものだと思った。
96・夏
七面山14
5月連休を利用して
京都のH上人が登られると言うことで、お会いできればと登った。
今回は団参とはいっても、お忙しかったそうで、奥様とSさんの下られる
途中の3人にお会いできた。
また、下山途中、昨年お会いした、埼玉のKさんにまた、お会いできた。
下山中のこと、登る子供達を呼び止めては、飴を分けていたるおばあさん
がいて、自分もなぜか、呼び止められ、お相伴に預かってしまった。単独行
らしく、関西方面の言葉のようだったが、楽しいおばあさんだった。
96・初夏
七面山13
夏休みを利用して。体が、比較的軽かった。夜明けの縦雲がよかった。
ホースマンの6/9モデルを担ぎ上げたHさんと盛り上がってしまった。
あちこちで、シャッターを頼まれた。
95・夏
七面山12
途中、「カメラを忘れたので」と10人くらいの団体の中のお一人に言わ
れ、撮ってさしあげたら、茶屋でコーヒーをいただいた。結局、お礼も兼ね
て、その後、京都のお寺にいらっしゃるというH上人を中心に登るその方々
と同行してしまった。同行させていただくことで、初めてお題目を唱えなが
ら登った。
ポイントでは2・16を読んでいたので、自分も一番後ろで小さな声を出
させていただいた。
部屋は別だったので、特にその後はご一緒しなかったが、大変お世話にな
った。
毎回、この山で、部屋に入ると信者さん(大多数)の中で、写真が趣味で
登った人(リピーター多数)、山登りとして登った人(最初のころの自分も
含め)と、大抵3種類いる。写真が趣味の人には、下で撮るときは自分程度
のカメラでは素人として扱われ、相手にしてもらえぬが、ここでは、カメラ
好きと言うことで、いろいろと、話しかけてもらえる。今回は、写真関係3
人・・・大いに盛り上がってしまい、早朝、頂上付近の撮影ポイントを教え
てもらった。(おにぎりの手配までしていただいた。)
宿坊内で、日蓮宗以外のお坊さんも、この山に来ることを知った。「この
山は法華経を奉ずる者には特別の山なのです。」と穏やかに言われていた。
そんなことは知らなかった。北海道からとおっしゃっていた。
ここのところのマスコミをにぎわす騒ぎで、見知らぬ人同士が、仏教を信
じる者というお互いのベースのうえで、いろいろな意見交換をしていた。
どこから来たかと聞きあうのが常で、いつもは「近くていいですね、と言
われるのに慣れているが、今回だけは、その件の感想まで求められた。
特にこの方々に言うようなネタはないのだが。
大ガレ上からの、陽が少し写った写真がこの日の写真
95・初夏
<写真をまとめてパソコン版・写真集の形に>
七面山11
リフレシュ休暇'94 次子の安産と家内安全を祈願す。 EOS5+YASICA+
4本+脚2本の荷物はきつかった(上り5Hもかかった)写真を撮りながら、ゆっ
くり登ったせいもあるが。
尺八持参のおじさまより写真を依頼される。やたらと風流な音が山間に響
いた。ここで尺八を吹いた人も、その写真を撮ったのもめったにおるまい。
94・夏
七面山10
リフレシュ休暇'93
やっと長男無事誕生のお礼参りができた。
日の出が良かった。夜明けの写真はいいものが撮れた。
自分を含め4人の泊まり。2人は自分と同じく本格的な冬山は避けてここ
に来たと言う人たち。もう1人はこの山は2回目で、明日競馬で当たるよう
精進潔斎するために登ったと言っていた。七面山の神様(仏様?)も大変だ
と思う。
93・冬
七面山9
リフレシュ休暇をいただき、冬山登山とあいなった。安産祈願のお札をい
ただいた。
めったにお札をいただかないが、今回は、真剣。
登りの4時間のうち、3時間はアイゼン装着の登山だった。 坊の泊まり
は自分一人というのには恐縮だった。一晩中暖房をたいてくれたが、それで
も零下10度を越えていた。寒かった。(一週間後、インフルエンザを背負
い込むこととなった。)
93・厳冬
<七面山の写真のパソコンでのまとめ開始>
七面山8
「お守り」を買いたくなった・・のぼりもくだりも裏参道・・山を歩くの
がなぜかつらかった・・坊はすべて閉じていた。帰りにまたうなふじに寄っ
た。定番となりつつある。
92・秋
七面山7
家内を始めて連れて行く。体調を崩していたので、ちょっとつらかったよ
うだ。
この山ののんびりした雰囲気が気に入っていた。リフレッシュ休暇を利用。
92・夏
七面山6
家内が長崎に幼稚園の研修で行って暇だったので、登った。
山歩きに行くにも、特に計画を立てていなかったので、行き先が、また
ここになってしまった。
途中で出会った山やさん風の中年女性2人のむちゃくちゃないいかたには
参った。(自分も同類の山屋さんと思われたとは思う)この山の悪口をさん
ざん聞かされ、腹を立てた自分に、いつの間にか、自分はこの山が好きにな
っていたか?とは思った。 のぼり裏参道・くだり表参道・日帰り
帰りに「うなふじ」に寄った。帰り道でウナギを食べるようでは、とても
信者にはなれない。
92・梅雨明け間近
七面山5
裏参道よりはじめて登った。表参道より日帰り。30丁目で和尚さんが、
「くまで」で道を掃除しながら登っていたが、その笑顔が印象的だった。こ
ちらのルートの方が空気が澄んでいるとおっしゃていた。
92・梅雨
七面山4
宿坊で先についていた隣の方から、お茶を入れていただいた。そのご一行
の3歳のちびさんがかわいかった。良く登ったものだ。この山に登る形態と
して、普通のお寺の住職さんが檀家さんから希望者を募り引き連れて来るこ
とを知った。会を組織して、そこでの修行として大集団で登るのは知ってい
たが、このように数人で登る方と話すと、いろいろな方のこの山に対する想
いを知ることができる。
このお坊さんは東京より、月1回の山行きをしているのだそうだ。近くに
家があっても自分にはとてもできぬ。写真を送ってあげた。
91・夏
七面山3
Nさんが行かれるという連絡があり、急遽、日程を合わせる。(おみやげ
に名産のリンゴジュースをいただいた。)新緑が良かった。単独行で、ずっ
とお題目を唱えながら下ってくる端正な顔立ちの少女とすれ違ったのが、印
象的だった。初のお泊まり。
翌朝、静岡方面、梅ケ島に抜けたかったが、雨。聞けば、「雨の中、6時
間ヤブコギをやる体力があればOKだ」とのことで、断念。帰りは電車、つ
らく、寒かった。
91・初夏・晴-土砂降り
七面山2
もう一度、何かに出会いたくて登った。青森から年2回この山に来るとい
うご夫婦、Nさんと出会った。津軽の言葉がすてきだった。
写真屋として扱っていただき、写真を撮って送るよう依頼された、1週間
の後、りんごをいただく。山で沸かしてあげたコーヒーに感謝とのこと。
申し訳なく。
90・晩秋・快晴・日帰り
七面山
宗教の山(日蓮宗・身延山久遠寺・奥の院とのこと)歌うようなお題目、
叫ぶようなお題目、ぶつぶつとお題目、300人位の隊列の白装束のお題目、
色々と出会った、祈りの山。90/10・頂上
不思議な安心感を感じながら、日帰りをした。
自分も祈りたくなったらここに来ようかと思った。ここは他の人が祈るこ
とを否定してはいけないかわりに、自分も自分なりの祈りが許される、と思
った。
紅葉・富士山がよかった。フィルムが死んでいたのが残念。
90・秋・快晴・日帰り
![](p1/2-101.jpg)